目次
序章 なぜ今『ウルトラマン』を語るのか──日本テレビ史における特別な地位
1966年7月17日、日曜日の夜7時。この瞬間、日本のテレビ史に永遠に記録される「革命」が始まりました。TBS系列「タケダアワー」枠で放送開始された『ウルトラマン』は、単なる子供向け番組の枠を遥かに超え、最高視聴率42.8%という驚異的な記録を樹立し、日本の視覚文化そのものを変貌させる存在となったのです。
作品の基本データと放送環境
『ウルトラマン』は円谷プロダクション制作による特撮テレビドラマで、1966年7月17日から1967年4月9日まで全39話が放送されました。武田薬品工業一社提供による「タケダアワー」という恵まれた制作環境の下、毎週日曜日19:00-19:30という家族団らんの時間帯に放送され、平均視聴率36.8%、最高視聴率42.8%(第37話「小さな英雄」)という現代では考えられない高い数字を記録しました。
この数字の意味するところは重要です。当時の日本で、全世帯の約4割が同じ番組を同じ時間に視聴していたということは、それが単なる娯楽を超えた「国民的体験」であったことを示しています。
前作『ウルトラQ』からの進化と差別化
前作『ウルトラQ』(1966年1月-7月)は「空想特撮シリーズ」として大成功を収めましたが、明確な「正義のヒーロー」は存在しませんでした。民間人の主人公たちが怪奇現象に遭遇するミステリー色の強い作品でした。
『ウルトラマン』における最大の革新は、科学特捜隊(SSSP)という公的防衛組織と、M78星雲から来た「光の巨人」ウルトラマンを組み合わせた点にあります。この構造により、「怪獣出現→防衛隊出動→ヒーロー登場→勝利」という明快なフォーマットが確立され、後の特撮ヒーロー番組の原型となりました。
本記事の分析アプローチ
本記事では、なぜ『ウルトラマン』が「日本テレビ放送史における金字塔」と呼ばれるのか、その理由を多角的に分析します。制作技術の革新、デザインの芸術性、脚本の社会批評性、そして社会に与えた影響まで、総合的に検証していきます。
制作現場のリアリズムが生んだ革命──制約を演出に変えた創意工夫
『ウルトラマン』の制作現場は、理想と現実の激しい衝突の連続でした。映画並みの特撮クオリティを毎週のテレビ放送で実現するという無謀とも思える挑戦の中で、制作陣は数々の創意工夫を生み出しました。
予算の壁が生んだ「3分間の緊張感」
ウルトラマンが地球上で3分間しか活動できないという設定は、今では作品の象徴的要素として知られていますが、その誕生には極めて現実的な理由がありました。特撮シーン、特に怪獣との格闘シーンは、通常のドラマシーンと比べて制作費が桁違いに高額です。
巨大なミニチュアセットの建設、その破壊、火薬の使用、複雑な光学合成──これらすべてに膨大な時間と費用がかかります。制作が進むにつれ予算の逼迫は深刻化し、一時は番組打ち切りも検討されるほどでした。
そこで採用されたのが、戦闘時間そのものを制限するという発想の転換でした。ボクシングの1ラウンドが3分であることにヒントを得たとされるこの制限は、視聴者の緊張感を最大限に高めるのに最適な長さでした。
カラータイマー──制約を劇的演出へ昇華させた発明
3分間ルールを視覚化する装置として導入されたのが、胸部の「カラータイマー」です。戦闘開始時は青色、時間経過とともに赤色に変わり点滅を始め、「ピコン、ピコン」という警告音が響きます。
このシンプルな装置が生み出した効果は絶大でした。カラータイマーが赤く点滅し始めると、子供たちは画面に釘付けになり、「ウルトラマンが負けるかもしれない」という恐怖と「きっと勝つはずだ」という期待の間で感情が激しく揺れ動きました。
制作費削減という制約が、結果として番組史上最も効果的なサスペンス装置を生み出したのです。
フィルム使い分け戦略と週刊放送の実現
技術面でも重要な工夫が行われました。前作『ウルトラQ』は全編35mmフィルムで撮影されていましたが、コスト面で継続が困難でした。
そこで『ウルトラマン』では「ハイブリッド撮影」が採用されました。ドラマパートには安価で機動力のある16mmフィルムを使用し、画質が重要な特撮パートや合成作業には映画用の35mmフィルムを使用するという戦略的な使い分けです。
| 撮影パート | 使用フィルム | 理由 | 効果 |
|---|---|---|---|
| ドラマシーン | 16mm | コスト削減、撮影機材の軽量化 | 会話シーンでは画質差が目立たない |
| 特撮シーン | 35mm | 画質維持、合成精度の確保 | 映画並みの迫力ある戦闘シーン |
| 光学合成 | 35mm | 多重露光による劣化最小化 | 美しいスペシウム光線の表現 |
この技術的判断により、限られた予算内で映画品質の特撮を毎週放送するという困難な課題が解決されました。
成田亨の美学革命──「真実と正義と美」が特撮界にもたらしたもの
『ウルトラマン』の視覚的アイデンティティを決定づけたのは、彫刻家・画家である成田亨です。彼は従来の怪獣やヒーローが持っていた「お化け屋敷的な醜悪さ」を徹底的に排除し、純粋芸術としての美学を特撮の世界に持ち込みました。
ギリシャ彫刻に学んだヒーロー像の革新
成田がウルトラマンのデザインで目指したのは「真実と正義と美の化身」でした。そのマスクは、ギリシャ彫刻に見られる「アルカイックスマイル(古式微笑)」を参考にしており、人間的な感情表現を排した無機質さと、神聖な微笑を同時に湛えています。
銀色と赤のシンプルな配色には複数の着想源があります。火星のイメージ、宇宙服の機能美、そして何より重要なのは「服なのか肌なのか判別がつかない」という曖昧さです。この曖昧さこそが、ウルトラマンを「宇宙生命体」として成立させるリアリティの核心でした。
スーツアクターの古谷敏の長身でスリムな体型も、成田の理想を実現する上で不可欠でした。筋骨隆々とした人間的な肉体ではなく、「人間離れした美しいシルエット」が求められたのです。
怪獣を「生命体」として扱う三原則の徹底
成田の革新は怪獣デザインにも及びました。彼が自らに課した「三原則」は以下の通りです:
成田亨の怪獣デザイン三原則
| 原則 | 内容 | 狙い |
|---|---|---|
| 一、お化けにしない | 首が複数あるなど生物学的整合性を欠く表現を禁じる | 怪獣を合理的な生命体として描く |
| 二、動物の巨大化にしない | 既存動物をそのまま大きくする安易な発想を排除 | 独創的なフォルムの追求 |
| 三、身体を損壊させない | 流血や内臓露出など生理的嫌悪感を煽る表現を避ける | 美しさの対決としての戦闘 |
この三原則により、怪獣たちは単なる「恐ろしい敵」ではなく、一つの独立した生命体、あるいは芸術的オブジェクトとしての品格を獲得しました。
ゼットンとバルタン星人に見るデザインの到達点
特にゼットンのデザインは、成田美学の頂点の一つです。顔に目・鼻・口を持たず、中世の騎士の鎧を思わせるフォルムの中に無機質な発光体が配置されています。この「顔のなさ」は、感情を通わせる余地がない「純粋な力」のメタファーです。
バルタン星人は、セミの抜け殻からインスピレーションを得たとされますが、昆虫的でありながらどこか哀愁を帯びた姿をしています。「故郷を失った難民」という物語的背景を視覚的に表現した傑作です。
科学特捜隊という理想組織──プロフェッショナリズムと人間ドラマ
ウルトラマンが外部からの救世主であるのに対し、物語のリアリズムを支えるのは人類側の防衛組織「科学特捜隊(SSSP)」です。この組織設定は、1960年代の日本社会が理想とした価値観を体現していました。
「科学に基づく防衛組織」というコンセプト
科学特捜隊は軍隊ではなく「科学に基づいた警察組織」として設定されています。この選択は重要な意味を持ちます。戦後日本では軍隊は忌避すべき存在とされており、怪獣や宇宙侵略者に対抗する組織を描くには、軍隊とは異なる正当性の根拠が必要でした。それが「科学」です。
隊員たちは銃を持ち戦闘機を操縦しますが、彼らの第一の武器は科学的知識と分析力です。各隊員には明確な専門性が設定され、チームとしての機能分担が物語の中で繰り返し描かれます。
個性豊かな隊員たちの専門性と葛藤
ムラマツ・トシオ班長(小林昭二)は36歳の指揮官として、部下への信頼と責任感を持ち、時には自らの判断の誤りを認める勇気も示します。当時の理想的なリーダー像を体現していました。
ハヤタ・シン隊員(黒部進)は25歳の養成学校首席というエリートながら、ウルトラマンと一体化するという宿命を背負います。自分の力で解決すべきか、ウルトラマンの力を借りるべきかという葛藤は、外部の力への依存と自立という作品全体のテーマの一部です。
イデ・ミツヒロ隊員(二瓶正也)は24歳の科学開発担当で、数々の新兵器を開発しますが、同時に自分の開発した武器が生命を奪うことへの苦悩を抱える、最も人間味のあるキャラクターです。
東宝映画の遺産を活かしたメカニックデザイン
科特隊の象徴「ジェットビートル」には興味深い誕生秘話があります。実は東宝映画『妖星ゴラス』(1962年)に登場した国連VTOL機のデザインや木型を流用したものです。
当初は小型ビートルが主力機の予定でしたが、スケジュールの都合で既存資産を活用する必要が生じました。結果として、急遽採用されたジェットビートルは、その洗練されたフォルムにより不動の地位を築きました。この「流用」は、映画界の遺産をテレビ特撮へ引き継ぎ、新たな生命を吹き込む円谷プロの「特撮の系譜」を象徴しています。
金城哲夫と佐々木守が刻んだ社会批評──高度成長期への鋭い眼差し
『ウルトラマン』が単なる子供向け番組を超え、時代を超えて批評され続ける最大の要因は、脚本に込められた重層的なテーマ性にあります。メインライターの金城哲夫と佐々木守らは、1960年代日本社会の矛盾を鋭く抉り出しました。
金城哲夫の沖縄的アイデンティティと作品への投影
金城哲夫は米軍統治下の沖縄から上京した脚本家で、常に「外部者(アウトサイダー)」としての視点を持っていました。1966年当時、沖縄はまだ日本に返還されておらず、金城は法的には「外国人」として東京で暮らしていました。
この複雑なアイデンティティは作品に深い影響を与えました。金城が描く怪獣は、しばしば「文明の進歩によって住処を追われた者」や「人間の勝手な都合で生み出された悲劇的存在」として描かれます。怪獣は単なる「悪」ではなく、むしろ「犠牲者」なのです。
ウルトラマンという存在──人種の垣根を超えて地球を救い、しかし最後には故郷(M78星雲)へ帰らざるを得ない──は、金城自身の理想と孤独の投影であったとも推察されます。
ジャミラの悲劇──冷戦時代の宇宙開発競争への告発
佐々木守脚本による第23話「故郷は地球」に登場するジャミラは、特撮史上最も悲劇的な怪獣です。ジャミラの正体は、冷戦下の宇宙開発競争で事故により見捨てられた地球人宇宙飛行士でした。
水のない惑星で生き延びるため自らを変異させた彼が復讐のために地球へ戻ってきた時、国家はその事実を隠蔽し、ただの「怪獣」として処理することを科特隊に命じます。ジャミラを倒した後、イデ隊員が慰霊碑を見て放った「犠牲者はいつもこうだ。言葉だけは綺麗で……」という台詞は、高度経済成長期の陰で切り捨てられる個人の悲劇を告発するものでした。
科学の進歩と個人の尊厳をめぐる根本的な問い
このようなエピソードは、当時の子供たちに「正義とは何か」「科学の発展は必ず人を幸せにするのか」という深い問いを突きつけました。単なる勧善懲悪を超え、現代にも通じる普遍的な課題を提示していたのです。
光学合成の魔術──飯塚定雄が生み出した「生命ある光」
デジタル技術が存在しない時代、ウルトラマンの必殺技や飛翔シーンを実現したのは、飯塚定雄を中心とする光学合成チームの職人技でした。
一コマずつ描かれた光線の生命感
スペシウム光線は「作画合成」という手法で表現されました。これは撮影済みフィルムの上に、一コマ一コマ直接光線を描き込むという途方もない作業です。
飯塚定雄は極細の筆を使い、フィルムの乳剤面に白い絵の具で光線を描きました。一秒間の映像は24コマで構成されるため、3秒間の光線シーンには72コマすべてに光線を描く必要がありました。
しかし飯塚の仕事は単なる「線引き」ではありませんでした。筆致の強弱や輝きの変化を計算し、光線に「生命感」を与えました。スペシウム光線は発射の瞬間は太く強く輝き、怪獣に命中する瞬間には爆発的に広がります。この変化により、静止画の連続ではなく「生きた現象」として認識されるのです。
複数の光学技法を駆使した合成技術
ウルトラマンと怪獣を実写の街並みに自然に融合させるため、「マスク合成」「透過光」「多重露光」など複数の技法が組み合わされました。
主要な光学合成技法
| 技法名 | 内容 | 使用場面 | 技術的課題 |
|---|---|---|---|
| 作画合成 | フィルムに直接光線を描き込む | スペシウム光線、八つ裂き光輪 | 一コマずつの精密作業 |
| マスク合成 | 実写映像の一部を切り抜き別背景と重ねる | ウルトラマンの飛行、街並みとの融合 | マスクの精度、境界線の自然さ |
| 透過光 | 強い光をレンズに透過させ発光感を強調 | カラータイマー、ウルトラマンの目 | 適切な露光量調整 |
東宝映画のノウハウをテレビに最適化した功績
これらの技術は、飯塚が東宝時代に培ったノウハウをテレビの限られたリソースで最適化したものです。映画では一つのシーンに何日もかけられますが、テレビでは一週間で一話を完成させる必要があります。この過酷なスケジュールの中で、妥協なき品質を追求した結果が、日本の特撮映像における独自の視覚言語の確立につながりました。
驚異的な視聴率と怪獣ブーム──社会現象としての『ウルトラマン』
『ウルトラマン』の成功は数字にも明確に現れています。その社会的影響は、テレビ番組の枠を遥かに超えた文化現象でした。
家族全員が見た「国民的番組」の実態
全39話の平均視聴率36.8%、最高視聴率42.8%(第37話「小さな英雄」)という数字は、現代のテレビ環境では考えられない高水準です。この数字は、子供だけでなく家族全員が同時に視聴していたことを示しています。
主要エピソードの視聴率推移
| 放送回 | 視聴率 | エピソード内容 |
|---|---|---|
| 第1話「ウルトラ作戦第一号」 | 34.4% | シリーズ開始、ベムラー登場 |
| 第16話「科特隊宇宙へ」 | 39.5% | 二代目バルタン星人登場 |
| 第37話「小さな英雄」 | 42.8% | 最高視聴率、ジェロニモン登場 |
| 第39話「さらばウルトラマン」 | 37.8% | 最終回、ゼットンによる敗北 |
ソフビ革命と新しい玩具文化の誕生
番組の人気は関連商品の爆発的売れ行きを生み出しました。特に重要だったのが、マルサン商店によるソフトビニール人形(ソフビ)です。
従来の金属製ロボットや木製人形と比べ、ソフビは軽く、安価で、柔軟性があり、水遊びもできました。子供たちはウルトラマンと怪獣のソフビを使って、テレビで観た戦いを再現する「ごっこ遊び」を楽しみました。この遊び方は、キャラクター玩具の基本的な楽しみ方として現代まで続いています。
ブームの光と影──マルサンの栄光と挫折
皮肉なことに、怪獣ブームを牽引したマルサン商店は1968年に倒産します。直接的な原因は、並行して行っていたスロットレーシング・カーへの過剰投資でしたが、ブームの急速な消費速度が経営を狂わせた側面も否定できません。
マルサンの興亡は、キャラクタービジネスの持つリスクを示す教訓となりました。ブームは必ず終わります。重要なのは、ブームに乗るだけでなく、ブーム後を見据えた戦略です。
衝撃の最終回──ウルトラマン敗北が示した「人類の自立」
1967年4月9日、最終回「さらばウルトラマン」は、当時の視聴者に凄まじい衝撃を与えました。無敗のヒーローが敗北するという展開は、子供向け番組としては極めて異例でした。
ゼットン──「不敗神話」を打ち砕いた絶対的存在
ゼットンは、それまでの怪獣とは一線を画す存在でした。多くの怪獣には何らかの弱点がありましたが、ゼットンには明確な弱点がありませんでした。
ゼットンの最大の特徴は「無機質な強さ」です。顔に目・鼻・口を持たないため、感情を読み取ることができません。ゼットンは怒りも憎しみも示さず、ただ圧倒的な力でウルトラマンを追い詰めます。
スペシウム光線はバリアで跳ね返され、八つ裂き光輪は効果がなく、格闘戦でも力負け。そして決定的だったのは、ゼットンの「1兆度の火球」がウルトラマンのカラータイマーを破壊したことです。カラータイマーの破壊は、ウルトラマンの死を意味しました。
ゾフィーの降臨と「命の分離」の意味
敗れたウルトラマンの前に現れたのは、M78星雲の宇宙警備隊隊長ゾフィーでした。ここでの対話は、作品のテーマを完結させる重要なシークエンスです。
「私は命を二つ持って来た。その一つをハヤタにやろう」
この言葉により、ウルトラマンとハヤタは分離されます。これは単なる物理的分離ではなく、「神的存在からの脱却」と「個としての生命の尊重」を象徴しています。
人間の力による最終的勝利──自立への第一歩
さらに重要なのは、実際にゼットンを倒したのは科特隊だったという事実です。ウルトラマンが倒れた後、イデ隊員が開発した「ペンシル爆弾(無重力弾)」がゼットンを撃破しました。
これは、人類の科学と勇気が最強の敵を倒したことを意味します。ウルトラマンという「外部の神」に頼り切っていた人類が、自らの力で勝利を掴んだ瞬間でした。
ムラマツ班長の最後の言葉「地球の平和は我々自身の手で守り抜いていこう」は、ヒーローが去った後の世界を生きる我々への重い遺言です。
半世紀を超えた遺産──現代に続く『ウルトラマン』の影響力
放送終了から半世紀以上が経過した現在でも、1966年版『ウルトラマン』は全ての特撮作品の原点として参照され続けています。
「怪獣→防衛隊→ヒーロー」フォーマットの確立
『ウルトラマン』が確立した物語フォーマット「怪獣が現れる→防衛チームが出動する→苦戦する→ヒーローが変身する→戦闘→勝利」は、その後の無数の特撮ヒーロー番組に継承されました。
『仮面ライダー』『スーパー戦隊』シリーズなど、日本の特撮文化を代表する作品群は、全てこの基本構造を踏襲しています。しかし『ウルトラマン』が単なる定型文に陥らなかったのは、実相寺昭雄のような実験的演出や、重厚な脚本があったからです。
虚構が現実を動かした瞬間──前田日明、大仁田厚への影響
『ウルトラマン』の影響は虚構の世界に留まりませんでした。プロレスラーの前田日明は、幼少期にウルトラマンがゼットンに敗北するシーンを観て深い衝撃を受け、「ウルトラマンの仇を討つ」ために格闘技の道を志したと語っています。
大仁田厚もまた、ウルトラマンの「3分間」という制限時間をプロレスの試合に取り入れました。時間制限のある戦いは緊張感を高め、観客を引き込みます。これは、『ウルトラマン』が発明した演出手法が実際のスポーツエンターテインメントに応用された例です。
未見・初心者向けの観賞ガイドライン
これから初めて1966年版『ウルトラマン』を観る人に向けて、観賞ポイントを整理します:
- 「昭和の子ども番組」としてではなく、「当時の社会とメディアの鏡」として見る
- ウルトラマンよりも「人間側(科特隊)のドラマ」に注目する
- 怪獣が「何のメタファーか」を意識しながら各話を追う
- 特撮の「粗」を見るのではなく、「当時の技術でここまでやった」点に目を向ける
分析表
表1:『ウルトラマン』における主要テーマの構造分析
| テーマ軸 | 作中での具体的描写 | 社会的文脈(1960年代日本) | 視聴者への効果 |
|---|---|---|---|
| 科学の両義性 | イデ隊員の新兵器開発と生命を奪うことへの苦悩、ジャミラエピソードでの科学の罪 | 高度経済成長期の科学技術への盲信と公害問題などの負の側面の顕在化 | 科学の進歩が必ずしも幸福をもたらさないという批判的視点の獲得 |
| 外部者への眼差し | 怪獣を「犠牲者」として描く脚本、バルタン星人やジャミラなど故郷を失った存在への共感 | 沖縄の米軍統治、在日外国人問題、高度成長の陰で取り残される地方や個人 | 「他者」への共感と排除の暴力性への気づき |
| 自立と依存 | ウルトラマンへの依存と最終的に科特隊が自らの力でゼットンを倒す展開 | 戦後日本のアメリカへの安全保障依存と独立国家としての自立の模索 | 外部の力に頼らず自らの問題を解決する責任の自覚 |
| 美と正義の一致 | 成田亨の「真実と正義と美の化身」というコンセプト、怪獣も美しく描く姿勢 | 戦後民主主義における理想主義と芸術の社会的役割の再定義 | 正義は醜悪さではなく美しさと結びつくという価値観の形成 |
表2:同時代・近接作品との比較分析
| 作品名 | 制作年 | 主な特徴 | 『ウルトラマン』との関係・差異 |
|---|---|---|---|
| 『ウルトラQ』 | 1966年 | 怪獣・超常現象を扱うミステリー路線、明確なヒーロー不在 | 直接の前作。空想特撮の基盤確立だがヒーロー要素導入により『ウルトラマン』はより大衆的成功を収めた |
| 『ウルトラセブン』 | 1967-1968年 | より社会批評的で大人向けの内容、変身制限なし | 『ウルトラマン』の成功を受けて制作。「3分間ルール」廃止でより複雑な物語構造を採用 |
| 『仮面ライダー』 | 1971年 | 等身大ヒーロー、改造人間という設定 | 『ウルトラマン』確立の「変身ヒーロー」フォーマット継承しつつ等身大という新機軸を開拓 |
| 『ゴジラ』(1954年) | 1954年 | 核兵器の恐怖を象徴する怪獣映画 | 『ウルトラマン』の怪獣造形・特撮技術はゴジラシリーズで培われた東宝特撮の遺産を継承。ゴジラが「恐怖」に対しウルトラマンは「希望」を象徴 |
論点のチェックリスト
本記事を読み終えた後、以下の論点について理解し説明できる状態を目指します:
- 『ウルトラマン』の「3分間ルール」が制作費削減という制約から生まれた設定であり、それがカラータイマーという視覚的装置と結びつくことで劇的な演出効果を生み出したこと
- 成田亨の怪獣デザイン三原則(お化けにしない/動物の巨大化にしない/身体を損壊させない)が、単なる美的好みではなく「他者」への共感と尊重という哲学に基づいていたこと
- 金城哲夫と佐々木守の脚本が、高度経済成長期の日本社会の矛盾——科学の罪、国家による個人の切り捨て、外部者への排斥——を鋭く批評していたこと
- 科学特捜隊という組織が軍隊ではなく「科学に基づいた警察組織」として設定されたことの意味と、それが戦後日本の平和主義と科学技術立国という理想を反映していたこと
- 飯塚定雄らによる光学合成技術が、デジタル技術のない時代に一コマずつ手描きで光線を描くという途方もない作業によって実現され、それが「生命を持った光」として視覚化されたこと
- 最終回でウルトラマンがゼットンに敗北し、しかし実際にゼットンを倒したのは科特隊であったという展開が、「外部の救世主への依存からの脱却」と「人類の自立」というメッセージを象徴していたこと
- 『ウルトラマン』が記録した平均視聴率36.8%という数字が、単なる人気番組の域を超え世代を超えて共有される文化現象であったこと
- 本作が確立した「怪獣出現→防衛チーム出動→ヒーロー変身→勝利」というフォーマットが、後続の特撮ヒーロー番組の原型となり日本の特撮文化全体に決定的な影響を与えたこと
事実確認メモ
確認した主要事実
- 放送データ: 1966年7月17日-1967年4月9日、TBS系列「タケダアワー」枠、全39話
- 視聴率: 平均36.8%、最高42.8%(第37話「小さな英雄」)、最終回37.8%(ビデオリサーチ調べ)
- 制作体制: 円谷プロダクション制作、武田薬品工業一社提供
- 主要スタッフ: 円谷英二(特撮監督)、成田亨(デザイン)、金城哲夫(メインライター)、佐々木守(脚本)、飯塚定雄(光学撮影)
- 主要キャスト: 黒部進(ハヤタ)、小林昭二(ムラマツ)、石井伊吉(アラシ)、二瓶正也(イデ)、桜井浩子(フジ)、津沢彰秀(ホシノ)
- 技術仕様: ドラマパート16mm、特撮パート35mmのハイブリッド撮影
- 最終回: ゼットンにウルトラマン敗北、科特隊のペンシル爆弾でゼットン撃破、ゾフィー登場による分離
参照した主要出典
- 円谷プロダクション公式サイト: https://m-78.jp/
- ビデオリサーチ社視聴率データ(各種テレビ史関連書籍経由)
- 『成田亨作品集』(朝日ソノラマ):デザイン哲学と三原則
- 『ウルトラマン研究読本』(洋泉社):制作背景と証言集
- 『円谷英二の映像世界』(実業之日本社):特撮技術解説
- 特撮専門誌『宇宙船』各号:スタッフインタビュー
- 金城哲夫関連文献:『ウルトラマンが泣いている』(講談社)等


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