『鳥人戦隊ジェットマン』は、僕の高校時代を支配した作品だった。
高校時代、僕はこの作品に強烈にハマった。恋愛のもつれ、悪役の執念、ロボの合体。名作だから挙げる、という前に、引きずり込まれた自分がいる。ジェットマンから、井上敏樹作品へどっぷり浸かった。僕の92点は、その時間とも切り離せない。
僕にとってジェットマンは、作品の好みまで変えてしまった一本だ。
評価は92点/100点。
かなり高い。でも、満点ではない。理由の一つははっきりしている。
もっとアコを見たかった!
この不満も含めて、僕がどうしてここまでジェットマンを好きなのかを書いてみたい。
※以下、テレビ本編の最終回、敵幹部の結末、『海賊戦隊ゴーカイジャー』の客演回に関する重大なネタバレを含みます。
『鳥人戦隊ジェットマン』の基本情報
『鳥人戦隊ジェットマン』は、1991年2月15日から1992年2月14日まで放送された、全51話のスーパー戦隊シリーズ第15作。メイン脚本を井上敏樹、メイン監督を雨宮慶太が担当した。メンバー同士の対立や恋愛まで描く人間ドラマが、大きな特徴になっている。
ただ、僕が惹かれた理由は「戦隊に恋愛を持ち込んだ」という説明だけでは足りない。
この5人、同じ戦隊なのに、気持ちが全然そろわないのだ。
それでも最後には、この5人でなければ駄目だと思わせてくれる。そこがたまらない。
バラバラだった5人が、本当の意味でジェットマンになる
僕がジェットマンで特に好きなのは、5人が仲間になるまでの過程だ。
最初から仲良しの5人組ではない。性格も価値観も違うし、誰かを好きになる気持ちまで都合よく整理されてくれない。同じ敵と戦っているからといって、お互いを理解できるわけでもない。
だから、5人が並んでいるだけでは、まだ足りない。
そんな彼らの関係が大きく動くのが、第31話「戦隊解散!」から第32話「翼よ!再び」への流れだ。
第31話では、戦いの場に凱と香がいない。一方、竜はマリアがリエであるという現実に直面する。そして第32話では、放心状態になった竜、戦いから離れた凱と香が、それぞれ仲間との関係を見つめ直していく。再び集まった5人、握手を交わす竜と凱。この団結が描かれるのは第32話だ。
僕には、ここでようやく「ジェットマン」という一つのチームが生まれたように感じられる。
特にいいのは、竜がずっと正しいリーダーでいられるわけではないところだ。仲間を引っ張ってきた人間も、傷つけば立ち止まる。そのとき、それまで衝突してきた凱がどうするのか。
対立していた時間があるから、相手を気にかけることに重みが生まれる。
今の僕は、高校時代以上にそこを評価している。団結する場面だけを見せるのではなく、団結できない時間をきちんと描いている。その積み重ねがあるから、5人がそろったときに胸が熱くなるのだ。
高校時代からの推しは、断然・早坂アコ
一番好きなメンバーは、ブルースワロー/早坂アコ。
ここは迷わない。高校時代から、ずっとアコ推しだ。
理由を細かく説明しようと思えばできるのかもしれない。でも、僕の気持ちに一番近い言い方は、これになる。
アコはルックスも言動も全部推しだった。
見た目が好き。話し方も好き。調子のいいところも、元気なところも好き。画面に出てきてくれるとうれしい。それくらい素直な「好き」だった。
大人になって作品を振り返ると、人物の役割やドラマの構造について考えるようになる。でも、アコに関しては、そういう説明を始める前に「好きなんだから仕方ない」が来る。
ジェットマンの人間関係は重い。だからこそ、僕はアコの言動に目が行くし、もっと彼女自身の物語を見たくなる。
この作品への評価を語るなら、アコへの偏愛は外せない。
恋愛ドラマこそ、ジェットマンの根幹
僕にとって、恋愛ドラマはジェットマンの根幹だ。
竜、香、凱の関係だけではない。竜とリエ/マリア、マリアに想いを寄せるグレイ、そこへ絡んでくるラディゲの執着。
敵と味方の境界を越えて、人間関係がつながっている。
好きだから守りたい。好きだから諦められない。自分を見てほしい。相手を奪われたくない。その気持ちが、戦いの最中にも顔を出す。
僕はそこに惹かれた。
戦士だからといって、感情を切り離せるわけではない。誰かへの想いが力になることもあれば、判断を狂わせることもある。ジェットマンでは、その両方が描かれる。
高校時代の僕は、この絡み合った関係に夢中になった。今はさらに、感情の厄介さを物語の最後まで引き受けているところが好きだ。
きれいに片づかない気持ちを抱えたまま、それでも一緒に戦う。その難しさが、ジェットマンのドラマを特別なものにしている。
ラディゲ――何度でも這い上がる悪のカリスマ
悪役では、ラディゲを非常に高く評価している。
ラディゲの執念がたまらない。
強いから好き、というだけではない。自分より上に立つ存在をどうしても許せず、叩き落とされても這い上がってくる。そのしつこさがすごい。
女帝ジューザに反逆して敗れ、記憶を奪われ、人間にされても、それで終わらない。記憶を取り戻すと、ジューザを倒すために敵であるジェットマンとさえ一時的に協力する。
相手に勝つためなら、昨日まで殺そうとしていた相手の力も利用する。
僕はこの、目的のために手段を選ばないところが好きだ。誇り高そうに見えて、屈辱を晴らすためなら何でもする。ラディゲの誇りは、行動を上品にしてくれない。むしろ、執念をもっと醜く、激しくしていく。
そして、残忍さも忘れられない。
第18話で、人間になったラディゲと心を通わせる少女・早紀。そこには、別の生き方へ進めそうな一瞬がある。けれどラディゲは、記憶を取り戻した後、彼女を殺してしまう。
あの場面があるから、僕はラディゲを簡単に「実は優しい人物だった」とは受け止められない。
心が通じた時間さえ、自分の悪を止めてくれない。その恐ろしさまで含めて、魅力的な悪役だと思う。
僕の中では、『仮面ライダー龍騎』の浅倉威と並べたくなるほどの“悪のカリスマ”だ。
トランザの末路は、今も忘れられない
ラディゲの執念と残忍さが、特に強く残るのがトランザの結末だ。
決着が描かれるのは、第47話「帝王トランザの栄光」。ラディゲはここでも竜の力を利用し、トランザに対抗する。
そしてトランザを待っているのは、倒されて退場するだけの結末ではない。精神を破壊され、病院に収容されるという、あまりにも無残な末路だ。
あそこまで強烈な結末を悪役に与えるのか。
僕が感じたのは、まずその衝撃だった。
悪役同士の争いが、ジェットマンとの戦いと同じくらい容赦なく進んでいく。屈辱を受けた側が、今度は相手からすべてを奪おうとする。この後味の悪さに、僕が井上敏樹作品に惹かれていった理由の一端がある。
ラゲム、セミマル、ベロニカ――敵デザインも抜群にかっこいい
ジェットマンは、人間ドラマだけで好きな作品ではない。
怪獣や巨大な敵のデザインも、抜群にかっこいい。
特に好きなのが、ラゲム、魔獣セミマル、魔神ロボ ベロニカだ。ラゲムはラディゲが変身する巨大な姿。セミマルはジューザが残した卵からラディゲが育てた魔獣。ベロニカは、人間の生体エネルギーを利用するトランザの巨大ロボである。
ラゲムには、見ているだけで圧迫されるような禍々しさがある。僕には、ラディゲの執念が巨大な体を得たように見える。
セミマルは、怪獣としての姿が好きだ。画面に立っているだけで「これは強敵だ」と感じられる、あの迫力がいい。
そしてベロニカ。巨大ロボとしての存在感がたまらない。敵側の兵器なのに、その姿を見ていると造形そのものに見入ってしまう。
細かく分析して魅力を説明するより、まず言いたい。
抜群にかっこいい。
怪獣・怪人好きとして、ここは理屈以前に刺さる。ジェットマンは、僕のこういう好みまでしっかり満たしてくれる。
グレートイカロスの合体がたまらない
ロボでは、グレートイカロスが特に好きだ。
ジェットイカロスとジェットガルーダが合体する、あのロボである。
中でも僕が大好きなのは、合体前に二体が腕をクロスさせるアクション。「グレートスクラム」へ入る、あの動きだ。
ジェットイカロスとジェットガルーダが腕をクロスさせるアクションが素晴らしい。
僕には、二体が意思を持って協力しているように見える。
お互いの力を確かめて、これから一緒に戦おうとしている。腕を交差させる短い動作に、それが感じられるのだ。
合体後の姿も好きだが、合体する前からもうかっこいい。
僕はグレートイカロスの完成だけ待っているわけではない。その前の二体の芝居に、心を持っていかれる。合体の仕組みもいい。でも、完成するまでの動きを見るのがたまらない。敵の造形を語っていたはずなのに、ロボの話でも止まれなくなる。
ここはもう、僕のロボ合体へのフェチズムに直撃する場面だ。
第50話――5人の名乗りから、ジェットマンの真の力へ
最終回の一話前、第50話「それぞれの死闘」も大好きだ。
リエを失った竜は、一人でラディゲへの復讐に向かう。凱はグレイとの一騎討ちに挑む。それぞれの戦いを経た先に、もう一度5人がそろう。
そこでの「鳥人戦隊ジェットマン!」という名乗りから、5人の力が一つになり、巨大な火の鳥のような姿で攻撃する流れ。
あのビジュアルがたまらなく好きだ。
僕にとって、あれは一年間の人間ドラマが形になった場面だ。
散々衝突してきた。恋愛も、嫉妬も、喪失もあった。一緒に戦えない時間だってあった。その5人が、ここで一つになる。
だから、名乗りそのものがうれしい。
「5人そろいました」という事実に、これだけの重みを持たせられる作品なのだ。火の鳥の迫力と、そこへ至るドラマの熱が一緒に押し寄せてくる。
結城凱という男の完成――『ゴーカイジャー』まで
結城凱は、かっこいい。
でも、僕が好きなのは、そのかっこよさが変わっていくところだ。
初期の凱は、5人の中でも特に戦士としての自覚が薄い。命令に反発し、戦いへの参加そのものを拒む。そこから長い時間をかけて、仲間のために戦う男になっていく。
最初から完成された戦士ではなかったからこそ、終盤の姿に心をつかまれる。
その凱について、僕が非常に高く評価しているのが、『海賊戦隊ゴーカイジャー』第28話「翼は永遠に」だ。
そこでの凱は、死してなお、仲間たちの平穏を守ろうとする。ゴーカイジャーたちが他のジェットマンを探すのを止め、自らブラックコンドルとして戦う。
仲間を再び戦いに巻き込みたくない。そのために、自分が一人で引き受けようとする。
初期の凱から考えると、とてつもない変化だ。
僕はここに、結城凱という人物の成長の完成形を感じる。
口調や振る舞いは凱のまま。それなのに、誰のために戦うのかが、はっきりしている。
テレビ本編で積み上げた変化を、年月を経た客演で受け止めてくれた。僕には、ジェットマンという作品への愛情が伝わるエピソードだった。
最終回――凱の結末だけでなく、あの演出を見てほしい
ジェットマンの最終回を語ると、どうしても凱の死が話題になる。
僕も、あの結末は好きだ。仲間を祝福しようとする凱の姿には、彼がどんな男になったのかが表れている。
でも、僕がそれ以上に語りたいのは、ラストの演出そのものだ。
特に、ED「こころはタマゴ」のイントロが入ってくる、あのタイミング。
僕の記憶に残っているのは、悲しみも祝福も抱えた物語を、あの音楽がそっと受け止める感覚だ。
見事だと思う。
終わったことを頭で理解するより先に、音楽によって、5人と過ごしてきた時間が胸に戻ってくる。僕が最終回を好きな理由には、あのイントロが大きく関わっている。
そして、最後の5人の構図。
僕の記憶では、バラバラの方向を向いていた5人が、最後には同じ方向を向く。
僕はあの画を、ジェットマンのドラマを象徴するラストとして受け止めている。
最初から同じ方向を見ていた5人ではない。衝突して、傷ついて、離れかけて、それでも最後には同じ方向を見る。
一年間かけて描いてきたものが、一枚の画に収まったように感じるのだ。
ここが、芸術的に素晴らしい。
凱の結末の衝撃に加えて、音楽と構図まで含めて味わうと、この作品の終わり方がどれほど豊かなものだったかが見えてくると思う。
小説版の衝撃
ジェットマンを語るなら、小説版にも触れておきたい。
井上敏樹による小説『ジェットマン』は、小学館のスーパークエスト文庫から刊行された全3巻。イラストは雨宮慶太が担当している。
VOL.1『俺に惚れろ!』は1992年、VOL.2『爆発する恋』は1993年、VOL.3『俺の胸で眠れ!』は1995年に刊行された。
僕の感想を一言で言えば、衝撃だ。
テレビ版とは設定や展開が異なる小説として読む必要がある。テレビの登場人物について、小説の描写をそのまま本編の事実として受け取ることはできない。
そのうえで、人間関係や欲望の描き方には、テレビとはまた違う強さがある。出版社の紹介にも、香と凱の関係など、踏み込んだ内容が表れている。
詳しい展開はここでは伏せたい。
僕にとっては、好きになったジェットマンが、別の媒体でさらに強烈な顔を見せてきた作品だった。この衝撃も、井上敏樹作品への思い入れと切り離せない。
不満――もっとアコを見たかった!
ここまで好きなところを並べてきたが、不満もある。
他の主要メンバーに比べると、アコのドラマ上の扱いが少なめに感じること。
竜、香、凱を中心にした人間関係には、もちろん引き込まれる。そこがジェットマンの根幹だという気持ちも変わらない。
でも、アコ推しとしては、それとは別に言いたいことがある。
もっとアコを見たい。もっとアコの気持ちを追いかけたい。彼女自身が中心になるドラマを、もう少し味わいたかった。
作品の構成として説明できることがあったとしても、この不満は残る。
好きなキャラクターだから、もっと見たかったのだ。
僕の92点には、その気持ちも入っている。
総評:92点――僕の好みを変えてしまった一本
『鳥人戦隊ジェットマン』の評価は、92点/100点。
アコは、ルックスも言動も全部好きだった。ラディゲの執念、ラゲム、セミマル、ベロニカの姿。そしてグレートイカロスの合体前のアクション。高校時代にハマったものを、今もこんなに語ってしまう。ジェットマンは、僕にはそういう戦隊だ。
そして、バラバラだった5人が、本当の意味で仲間になるドラマが好きだった。
高校時代には、そのすべてに夢中になった。大人になった今は、彼らが同じ方向を向くまでに必要だった衝突や傷を、より深く評価している。
もっとアコを見たかったという不満は、今もある。
それでもジェットマンは、僕にとって特別だ。
僕の高校時代を支配し、井上敏樹作品への入口になった一本。
最後に5人が同じ方向を向く。僕がこの作品を好きな理由は、あのラストに詰まっている。
他の井上敏樹脚本作品
参考資料
本文の照合資料:第31話/第32話/第47話/本編各話紹介/ゴーカイジャー第28話/敵幹部・巨大敵の設定資料/グレートスクラムの演出資料/客演回の内容資料/第50話の火の鳥状の攻撃に関する資料/小説第2巻書誌/小学館・小説紹介/小学館提供・小説第3巻情報。
第50話の火の鳥状の攻撃は正式名称を確定できなかったため、技名を断定していません。最終回の音楽と構図については、筆者の記憶と受け止めとして記しています。
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