仮面ライダービルド徹底解説|国家分断と科学倫理が問うヒーローの正義

仮面ライダー

目次

目次
  1. 『仮面ライダービルド』という作品をどう捉えるか――基本情報と全体像
    1. 放送データと制作陣、平成ライダーシリーズでの特異性
    2. スカイウォールと三都分裂――物語世界の前提条件
    3. 本作を読むための三つの軸:「国家」「科学」「ヒーロー」
  2. スカイウォール後の日本――三つの「国家モデル」と地政学的実験
    1. 東都――平和主義と軍事研究の二重構造
    2. 北都――福祉国家から戦時体制への転落
    3. 西都――軍需産業国家と「企業主権」の危険性
    4. 表1:三都の国家モデルと仮面ライダーの位置づけ
  3. 科学者・桐生戦兎という存在――記憶喪失が象徴する科学倫理の複雑性
    1. 葛城巧から桐生戦兎へ――科学者の二重身分と贖罪の構造
    2. ライダーシステムの軍事転用と制御不能なリスク
    3. 「科学は使いよう」というテーゼの限界と克服
  4. 戦争の構造化と「正義」の相対化――三つの正義が衝突する悲劇
    1. 国家間対立がエスカレーションする構造的要因
    2. 仮面ライダーの兵器化と軍拡競争のシミュレーション
    3. 「誰のための戦いなのか」――個人と国家の論理の乖離
    4. 表2:『仮面ライダービルド』と他の平成ライダー作品における戦争・国家テーマの比較
  5. エボルトという「外部の悪」と人間社会の責任――戦争は誰の罪か
    1. パンドラボックスと「災厄の再演」のメタファー
    2. 人間の欲望と野心がエボルトに利用される構造
    3. 他者への責任転嫁を拒む物語設計
  6. 自己犠牲と新世界創生――ラストバトルが提示する倫理的問題
    1. 新世界創造という解決策の革新性と問題性
    2. 自己犠牲の両義性――英雄的行為か問題の放棄か
    3. 残された人々と「見えない犠牲」の問題
  7. 表現技法と演出の特徴――分断社会を描く映像言語
    1. スカイウォールの視覚的インパクトと象徴性
    2. 変身システムに込められた科学技術のメタファー
    3. 三都の対立を表現する色彩・美術設計
  8. 同時代性と受容――2017-2018年という時代背景と現代への示唆
    1. 分断とナショナリズム台頭の時代背景
    2. 科学技術と国家安全保障の現代的課題
    3. 「ヒーロー任せにしない社会」への問いかけ
  9. 論点のチェックリスト
  10. 事実確認メモ
    1. 確認した主要事実
    2. 参照した出典リスト

『仮面ライダービルド』という作品をどう捉えるか――基本情報と全体像

放送データと制作陣、平成ライダーシリーズでの特異性

『仮面ライダービルド』は、2017年9月3日から2018年8月26日までテレビ朝日系で放送された、平成仮面ライダーシリーズ第19作目の作品です。メインライターに武藤将吾、プロデューサーに大森敬仁、監督には田﨑竜太らが参加し、東映株式会社が制作を担当しました。

本作は、平成ライダーシリーズの中でも特に政治的・社会的なテーマを前面に押し出した作品として位置づけられます。前作『仮面ライダーエグゼイド』が医療とゲームを組み合わせ、個人レベルでの「命」と「データ」の境界を描いたのに対し、『ビルド』は物語のスケールを国家・戦争レベルまで引き上げました。

主人公・桐生戦兎が「天才物理学者」を名乗ることからも分かるように、本作は「科学の力をどう使うか」という科学者倫理の問題を物語の根幹に据えています。これは、子ども向け特撮番組というフォーマットにおいて極めて野心的な試みであったと言えるでしょう。

スカイウォールと三都分裂――物語世界の前提条件

物語の起点となるのが、「スカイウォールの惨劇」と呼ばれる事象です。10年前、火星探査船が持ち帰った謎の箱「パンドラボックス」が公開式典の場で暴走し、日本列島を三つに分断する巨大な壁「スカイウォール」を出現させました。

この事件により、日本は以下の三つのエリアに分かれ、事実上の国家分断状態に移行します。

  • 東都:首都圏を中心とし、旧来の日本政府機構を引き継いだ地域
  • 北都:東日本北部を領域とする、農業・資源に依存する地域
  • 西都:西日本を領域とし、工業・経済を重視する地域

スカイウォールは単なる「物理的な壁」ではありません。「元はひとつだった国家」が三つに割れ、それぞれが異なる統治理念・軍事戦略を採り始めることで、「国家とは何か」「分断された社会で個人はどう生きるべきか」という根源的な問いを立体的に描くための物語装置として機能しています。

本作を読むための三つの軸:「国家」「科学」「ヒーロー」

本記事では、『仮面ライダービルド』を次の三つの軸から読み解いていきます。

  1. 国家分断と戦争の物語
    三都の政治体制・軍事政策の違いと、「仮面ライダー」が国家の最終兵器になっていく過程を分析します。
  2. 科学倫理の問題
    戦兎=葛城巧という「戦争技術を生み出した科学者」の贖罪劇と、変身システムが兵器化されていく流れを考察します。
  3. ヒーローと自己犠牲
    戦争を終わらせるために戦兎たちが何を差し出したのか、そして世界改変というラストをどう倫理的に考えるかを検討します。

この三つの軸を押さえることで、『ビルド』が単なるバトルアクションにとどまらない、政治ドラマ/倫理ドラマとして立ち上がってきます。

スカイウォール後の日本――三つの「国家モデル」と地政学的実験

東都――平和主義と軍事研究の二重構造

東都は、従来の日本政府を引き継いだ地域であり、表向きは「平和主義」を掲げています。首相・氷室泰山は、憲法の理念を重んじ、軍事力の保持に慎重な姿勢を示します。

しかし、物語が進むにつれ、東都政府の内部には別の顔があることが明らかになります。氷室泰山の息子・氷室幻徳は、秘密組織「ファウスト」を主導し、戦兎の科学力を利用して兵器開発を進めています。

ここで重要なのは、東都が以下のような二重構造を抱えている点です。

  • 公的には平和国家を名乗りながら
  • 実際にはスカイウォール以後の不安定な情勢を背景に
  • 他国との軍事バランスを理由に兵器研究を進めている

この構造は、現実世界における「安全保障のジレンマ」や、「専守防衛」と「実質的軍備増強」のねじれとも重なります。平和主義の理想と、現実の脅威に対する不安が生み出す矛盾を、東都という「国家」が体現しているのです。

北都――福祉国家から戦時体制への転落

北都は、福祉政策を重視する国家として描かれます。首相・多治見喜子は、国民生活の安定を掲げながらも、資源に乏しい北都の現実に直面しています。

やがて彼女は、東都が保有するパンドラボックスやボトル技術を狙い、侵略戦争に打って出ます。「国民の生活を守るため」という大義名分のもとで始まる軍事行動は、福祉国家が財政・資源問題から軍事拡張へ傾いてしまう危うさを映し出しています。

北都のエースライダーである仮面ライダーグリス(猿渡一海)は、「農場と仲間を守るため」に戦場に立たされます。ここには、「普通の生活を守るために戦争に行かされる市民」の姿が重ねられています。彼らの動機は決して悪意に基づくものではありませんが、その善意が国家の戦争システムに動員されていく過程が、本作の最も残酷な側面の一つです。

西都――軍需産業国家と「企業主権」の危険性

西都は、経済発展を最重要視する国家として描かれ、ここで鍵を握るのが大企業・難波重工です。表向きは民間企業である難波重工ですが、実際には以下のような特徴を持っています。

  • 軍事技術を中核産業とし
  • 仮面ライダーシステムを兵器として量産・輸出しようとし
  • 国家戦略そのものに口出しする「企業主権」的な立場を獲得している

西都首相・御堂正邦と難波会長の関係性は、国家権力と軍需企業の結託が、どのように戦争を加速させるかを分かりやすく示しています。西都にとって戦争は、倫理的問題ではなく経済的機会として位置づけられているのです。

表1:三都の国家モデルと仮面ライダーの位置づけ

領域政治・理念の特徴経済・軍事の特徴代表的なライダーライダーの位置づけ
東都名目的平和主義/民主主義軍事研究は秘密裏に進行ビルド/クローズ/ローグ表向きは治安維持、実態は対外抑止・兵器
北都福祉重視だが資源不足資源獲得のため侵略に傾斜グリス侵略戦争の先鋒/国威発揚の象徴
西都経済第一主義軍需産業を国家の柱にローグ(西都側)、マッドローグ等軍事輸出の広告塔/技術力の誇示

この表からも分かるように、『ビルド』の世界では「仮面ライダー」は、正義のヒーローであると同時に、国家が所有し配備する「戦略兵器」としても扱われています。この二重性こそが、本作の核心的なテーマなのです。

科学者・桐生戦兎という存在――記憶喪失が象徴する科学倫理の複雑性

葛城巧から桐生戦兎へ――科学者の二重身分と贖罪の構造

主人公・桐生戦兎は、「記憶を失った天才物理学者」として登場します。しかし物語が進むと、彼の本当の正体は「パンドラボックスやフルボトル、ベルトシステムを開発した科学者・葛城巧」であることが明らかになります。

葛城巧は、パンドラボックスの研究者として各国から注目されていましたが、その研究成果がファウストや難波重工を通じて兵器転用されていきます。彼自身は危険性を認識しつつも、科学の探究心を抑えきれなかった科学者として描かれています。

ここでポイントとなるのは、「記憶改変」というプロットです。葛城巧は、さまざまな事情により身体と記憶を操作され、「桐生戦兎」として生きることになります。戦兎は、自分が生み出した兵器によって多くの人々が苦しんでいることを「後から知らされる」形になります。

つまり、以下のような複雑な構図が描かれています。

  • 「過去の自分(葛城巧)」が加担した科学犯罪の責任を
  • 「現在の自分(桐生戦兎)」が引き受け、償おうとする

この設定は、科学者倫理として非常に現代的な問題を提起しています。現実世界でも、兵器研究や監視技術開発に関わった科学者が、「自分は技術を提供しただけ」「使い方を決めたのは政治家や軍だ」と責任を他者に委ねてしまうケースがあります。『ビルド』が描く戦兎のスタンスは、そうした責任転嫁とは対照的です。

ライダーシステムの軍事転用と制御不能なリスク

『ビルド』における最も重要なモチーフの一つが、科学技術と戦争の関係性です。本作の変身システムである「ビルドドライバー」は、物理学の法則を応用した高度な技術の結晶ですが、同時にそれは「国家の最終兵器」として位置づけられています。

特に象徴的なのが、制御不能な力をもたらす強化アイテム「ハザードトリガー」の扱いです。これを使用すれば自我を失い、破壊衝動のままに敵味方を問わず攻撃してしまうリスクがあります。しかし、強大な敵に対抗するためにはその力に頼らざるを得ない。

このジレンマは、現実世界の以下のような問題と共鳴しています。

  • 核兵器の抑止力と破壊力
  • 生物兵器の研究と拡散リスク
  • 自律型兵器(AI兵器)の開発競争
  • 依存性のあるテクノロジー全般

戦兎たちが、より危険なドライバーやボトルに頼らざるを得ない状況は、「安全保障のための軍拡」が、結果として自分たちの首を締めていく過程のメタファーとも読めます。

「科学は使いよう」というテーゼの限界と克服

劇中、戦兎は「科学が悪いんじゃない、使い方の問題だ」と自身に言い聞かせるように語りますが、物語が進むにつれて、その言葉だけでは割り切れない業の深さに直面します。

科学技術は決して中立的な道具ではなく、それを使用する社会システムと不可分であるという認識が、本作の科学観の基盤にあります。戦兎が最終的に選択するのは、技術そのものを否定することではなく、技術が置かれた社会的文脈を根本から変革することです。

この選択は、科学者の社会的責任という問題に対する一つの回答として提示されています。現代社会においても、AI、バイオテクノロジー、宇宙開発、量子技術など、多くの科学技術が軍事転用のリスクと隣り合わせです。『ビルド』は、そうした時代に科学者はどこまで責任を負うべきか、という問いをエンターテインメントの枠の中で提示しているのです。

戦争の構造化と「正義」の相対化――三つの正義が衝突する悲劇

国家間対立がエスカレーションする構造的要因

『ビルド』が描く戦争は、単純な善悪二元論では説明できない複雑な構造を持っています。本作は、戦争が個人の意志や善意とは無関係に、システムとして自己増殖していく過程を丁寧に描写しています。

物語の前半では、東都と北都の戦争が中心的に描かれます。北都の侵攻は、資源不足という経済的必然性によって正当化されますが、実際には背後で難波重工が両陣営を操作し、戦争を長引かせることで利益を得ているという構造が明らかになります。

この「戦争の経済化」は、現実世界における軍産複合体の問題を想起させます。戦争は、それ自体が目的ではなく、特定の利益集団にとっての手段として機能しているのです。

さらに重要なのは、各陣営がそれぞれの論理で自らを正当化する過程です。東都は「平和のための防衛」を、北都は「国民のための資源確保」を、西都は「経済発展のための軍事産業育成」を、それぞれ正義として掲げます。

仮面ライダーの兵器化と軍拡競争のシミュレーション

『ビルド』の中盤は、変身ベルトとボトルをめぐる「争奪戦」として進行します。東都はビルドシステムを防衛用兵器と位置づけ、北都はそれを奪い取ることで戦力バランスを逆転しようとし、西都は技術を解析・量産化したうえで、軍事産業の中核に据えようとします。

この過程は、冷戦期の「核開発競争」から、地域紛争・代理戦争への移行を思わせる構図です。最初は東都内部の秘密組織レベルで行われていた技術争奪が、東都 vs 北都の戦争、そして三都入り乱れた総力戦へと拡大していきます。

ここで注目すべきは、主要ライダーと「国家戦略」との関係です。

  • 仮面ライダービルド(桐生戦兎):東都側の公式戦力として投入されるが、戦兎自身は「国家のために戦う」のではなく、「戦争から人々を守るために戦う」というスタンスを取る
  • 仮面ライダーグリス(猿渡一海):北都の対外侵略の先鋒を任されるが、本人の動機は「仲間と農場を守るため」であり、国家の戦略と個人の生活防衛がねじれた位置にある
  • 仮面ライダーローグ(氷室幻徳):当初は東都の権力闘争に関わるが、その後西都側に寝返り、軍事拡張の象徴となる

「誰のための戦いなのか」――個人と国家の論理の乖離

戦兎が物語を通じて追求するのは、「誰のための戦いなのか」という問いへの答えです。彼は当初、東都という国家のために戦っていましたが、次第に国家という枠組み自体が戦争を生み出す構造であることに気づきます。

国家は、国民を守るという名目で戦争を正当化しますが、実際には国家システムそのものが暴力を再生産しているという逆説が、物語の核心にあります。この認識に至った戦兎は、最終的に国家という枠組みそのものを解体し、新たな世界を創造することを選択します。

表2:『仮面ライダービルド』と他の平成ライダー作品における戦争・国家テーマの比較

作品名放送年国家・戦争の描写主人公の立場テーマの焦点
仮面ライダー龍騎2002-2003個人間の生存競争(ライダーバトル)戦いを止めようとする記者個人の欲望と犠牲の連鎖
仮面ライダー鎧武2013-2014企業による社会実験、階級対立社会的弱者格差社会、企業権力、生存競争
仮面ライダービルド2017-2018国家分断、三国間戦争記憶喪失の科学者科学倫理、戦争の構造、国家と個人
仮面ライダージオウ2018-2019時間改変による歴史の書き換え未来の魔王候補歴史と運命、レガシーの継承

この表からも明らかなように、『ビルド』は平成ライダーシリーズの中でも、国家レベルの戦争を正面から扱った数少ない作品です。『鎧武』が企業権力と格差社会を描いたのに対し、『ビルド』は国家間の軍事的対立という、よりマクロな政治構造を主題としています。

エボルトという「外部の悪」と人間社会の責任――戦争は誰の罪か

パンドラボックスと「災厄の再演」のメタファー

『ビルド』の根源的な敵であるエボルトは、パンドラボックスを持ち込み、スカイウォールの惨劇を引き起こした元凶です。彼は過去にも他の星を滅ぼしており、地球で同じことを繰り返そうとしています。

物語後半で明かされるのは、エボルトがあえて人間の対立を煽り、パンドラボックスをめぐる争奪戦を楽しみつつ、星そのものを破壊可能なエネルギーを蓄積していくという、圧倒的スケールの「外部の悪」として設定されていることです。

しかし重要なのは、エボルトが単純な「外部からの侵略者」ではないという点です。彼は人間社会の中に潜り込み、人間の中にある野心、恐怖、支配欲求を増幅する存在として描かれます。つまり、エボルトは「人間社会の影」が外在化したような存在でもあるのです。

人間の欲望と野心がエボルトに利用される構造

難波会長は、自らの軍需ビジネスの拡大のために、エボルトの力を進んで利用しました。幻徳は、自身の野心と国家的焦りから、エボルトに付け込まれました。このように、エボルトは人間の中にある欲望を増幅する存在として機能しています。

つまり、エボルトは「外部の悪」に見えながらも、その暴走には人間側の同意と欲望が深く関わっているのです。この構造により、本作は「全てはエボルトが悪い」という単純な責任転嫁を回避しています。

他者への責任転嫁を拒む物語設計

最終的に、戦兎は「全てエボルトのせいだ」と言って終わらせることを良しとしません。自分の研究がエボルトに利用されたこと、自分が作ったシステムが三都戦争を支えたこと、その両方を引き受けたうえで、問題の根本的解決を図ろうとします。

この姿勢は、現実の科学者倫理とも重なります。兵器研究や監視技術開発に関わった科学者が、「自分は技術を提供しただけ」「使い方を決めたのは政治家や軍だ」と責任を他者に委ねてしまう態度と、『ビルド』が描く戦兎のスタンスは対照的です。

自己犠牲と新世界創生――ラストバトルが提示する倫理的問題

新世界創造という解決策の革新性と問題性

物語終盤、エボルトはパンドラボックスとロストボトルの力を使い、地球そのものを破壊可能なエネルギーを集めようとします。戦兎たちが対抗する手段は、「二つの世界(ビルド世界とエボルトがかつて滅ぼした星の残滓)を融合させて、新たな世界線を生み出す」という前代未聞の作戦です。

この「世界融合」計画は、既存世界で積み上がった戦争の歴史と被害を「なかったこと」にする代わりに、多くの人々の記憶や関係性がリセットされるという、非常に重い選択を伴います。

これは、単なる時間の巻き戻しではありません。スカイウォールが存在しない、したがって三都への分断も戦争も起こらなかった並行世界を生み出すという、現実の改変行為です。この選択には、戦兎自身の存在が消失し、人々の記憶からも抹消されるという重大な代償が伴います。

自己犠牲の両義性――英雄的行為か問題の放棄か

戦兎と龍我は、世界融合の鍵となる存在として、事実上「旧世界から切り離される」形になります。二人は、平和な新世界を創る代わりに、旧世界で築いた絆や歴史の大半を手放し、新世界では「いなかったこと」に近い存在として生きることを受け入れます。

この自己犠牲は、英雄的行為であると同時に、問題の根本的解決を放棄した側面も持つという両義性があります。戦兎は、世界の平和と自分たちの記憶・関係性という二つの価値を天秤にかけ、最終的に「世界の平和」を優先します。

しかし、この選択は同時に極めて独善的な行為でもあります。戦兎は、世界を作り替える権利を誰から付与されたのでしょうか。新世界の住人たちは、自分たちが「作り替えられた」世界に生きていることを知る権利を持たないのでしょうか。

残された人々と「見えない犠牲」の問題

重要なのは、新世界で暮らす人々は、旧世界でどれだけの犠牲があったか、誰がどのような代償を払ったかを基本的には知らないということです。これは現実世界においても、安定した日常の裏側に、見えにくい犠牲が積み重なっているという状況と重なります。

『ビルド』のラストは、「記憶されない英雄」「可視化されない犠牲」という問題系を、ヒーロー作品のフォーマットの中で提示していると見ることができます。この結末に対しては、視聴者の間でも賛否が分かれており、作品側も明確な答えを提示せず、視聴者の判断に委ねています。

表現技法と演出の特徴――分断社会を描く映像言語

スカイウォールの視覚的インパクトと象徴性

『ビルド』の映像表現において最も印象的なのが、スカイウォールという巨大構造物の視覚的インパクトです。日本列島を三分する巨大な壁は、CGと特撮セットを組み合わせて表現されており、物語全体を通じて分断の象徴として機能しています。

スカイウォールは単なる背景ではなく、キャラクターたちの行動を制約し、物語の展開を規定する能動的な存在として描かれます。壁の向こう側が見えないという視覚的制約は、他国に対する不信と恐怖を喚起する装置として機能しています。

変身システムに込められた科学技術のメタファー

変身シーンにおける「物理学」のモチーフも、本作の特徴的な要素です。ビルドドライバーは二つの「フルボトル」を組み合わせることで変身する仕組みになっており、これは異なる要素の結合によって新たな力が生まれるという科学的プロセスのメタファーとして機能しています。

変身時に表示される数式や物理法則の視覚的表現は、科学技術が持つ力と美しさを同時に示しています。一方で、ハザードトリガーのような危険なアイテムは、制御を失った科学技術の恐ろしさを視覚的に表現しています。

三都の対立を表現する色彩・美術設計

色彩設計も、三都の対立を視覚的に表現する重要な要素です。東都は赤、北都は黄、西都は青という色分けがなされており、各国家のイメージカラーが衣装やセット、照明に反映されています。この色彩による区別は、視聴者が複雑な政治状況を直感的に理解する助けとなっています。

美術面では、「nascita」というカフェが重要な舞台として機能しています。この地下に隠された秘密基地は、戦兎たちの拠点であり、同時に彼らが束の間の平和を享受できる場所でもあります。地上のカフェと地下の基地という二層構造は、日常と戦争の並存という本作のテーマを空間的に表現しています。

同時代性と受容――2017-2018年という時代背景と現代への示唆

分断とナショナリズム台頭の時代背景

『仮面ライダービルド』が放送された2017年から2018年という時期は、国際政治において重要な転換期でした。アメリカでドナルド・トランプ政権が発足し、「アメリカ第一主義」を掲げた保護主義的政策が本格化した年です。イギリスのEU離脱交渉も進行中であり、グローバリズムへの反動としてのナショナリズムの台頭が世界的な現象となっていました。

この文脈において、『ビルド』が描く国家分断と対立の物語は、明らかに現実世界の政治状況と共鳴しています。日本国内でも、安全保障法制の議論や、北朝鮮の核・ミサイル開発問題が緊張を高めていた時期です。「国家の安全をどう守るか」という問いが、抽象的な議論ではなく切迫した現実問題として認識されていました。

科学技術と国家安全保障の現代的課題

科学技術の面では、AI(人工知能)の急速な発展と、それに伴う倫理的問題が広く議論され始めた時期でもあります。自律型兵器システムの開発や、遺伝子編集技術の軍事転用の可能性など、科学技術と戦争の関係が新たな局面を迎えていました。

『ビルド』が描く「科学者の倫理的責任」というテーマは、この現代的文脈と直接的に結びついています。現代社会は、ナショナリズムの台頭、科学技術の急速な発展、格差の拡大など、多くの分断と対立を抱えています。『ビルド』が描いた分断された世界は、決してSFの中だけの話ではありません。

「ヒーロー任せにしない社会」への問いかけ

最後に、『ビルド』を「いま見る意味」として強調しておきたいのは、「全てをヒーローに任せない」という視点です。作中で、一般市民やサブキャラクターたちも、情報を集める、デモを行う、戦争に反対する声を上げる、傷ついた人をケアするといった形で、それぞれの立場から行動します。

戦兎たちがどれだけ戦っても、市民が「自分には関係ない」と無関心でいれば、同じような悲劇は繰り返されるかもしれません。『ビルド』は、ヒーロー作品でありながら、「ヒーロー任せにしない社会」の重要性も、静かに提示しているように見えます。

私たちが生きる現実世界もまた、様々な壁によって分断されています。その壁を乗り越え、統合へと向かうことは可能なのか。そのために個人は何をなすべきなのか。これらの問いに対する明確な答えは、本作も提示していません。しかし、その問いを投げかけること自体が、『仮面ライダービルド』という作品の最も重要な意義なのです。

論点のチェックリスト

読者が本記事を通じて理解すべき主要な論点を以下に整理します:

  1. 国家分断の設定の意味:スカイウォールによる日本の三分割は、国家システムが持つ排他性と暴力性を可視化する装置として機能している
  2. 三つの正義の相対性:東都の平和主義、北都の福祉優先、西都の経済至上主義は、いずれも一定の正当性を持ちながらも、それぞれが戦争を正当化する論理として機能する
  3. 科学者の倫理的責任:主人公・戦兎が体現する「技術開発者の社会的責任」という問題は、現代の科学技術と戦争の関係を考える上で重要な視点を提供している
  4. 記憶と責任の関係:記憶を失った戦兎が過去の行為に対して負うべき責任の問題は、個人のアイデンティティと倫理的責任の関係について哲学的な問いを提起している
  5. 戦争の構造化:本作が描く戦争は、個人の意志とは無関係にシステムとして自己増殖していく構造を持っている
  6. 世界改変の倫理:戦兎が選択した「新世界創造」という解決策は、技術的可能性と倫理的許容性の境界線という問題を提起している
  7. 自己犠牲の両義性:主人公の自己犠牲は、英雄的行為であると同時に、問題の根本的解決を放棄した側面も持つという両義性を理解する必要がある
  8. 同時代性の認識:本作が2017-2018年という、ナショナリズム台頭と科学技術の倫理的問題が顕在化した時期に放送されたことの意味を理解することが重要である

事実確認メモ

確認した主要事実

  • 『仮面ライダービルド』は2017年9月3日から2018年8月26日まで、テレビ朝日系列で全49話が放送された
  • 平成仮面ライダーシリーズ第19作目に該当する
  • メインライターは武藤将吾、プロデューサーは大森敬仁、監督陣には田崎竜太が含まれる
  • 制作は東映株式会社
  • 主人公は桐生戦兎(演:犬飼貴丈)、パートナーは万丈龍我(演:赤楚衛二)
  • 変身システムは「ビルドドライバー」と「フルボトル」を使用
  • 物語の舞台は「スカイウォール」によって三分割された日本(東都・北都・西都)
  • 主題歌は「Be The One」(PANDORA feat. Beverly)

参照した出典リスト

以下の情報源を参照しましたが、一部の詳細情報については公式な一次情報を確認できませんでした:

  • テレビ朝日公式サイト『仮面ライダービルド』番組ページ(放送期間、基本情報)
  • 東映公式サイト(制作情報、スタッフ・キャスト情報)
  • バンダイ公式サイト(商品展開情報)

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